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広島地方裁判所尾道支部 昭和24年(モ)32号 判決 1949年12月12日

債権者

三菱重工株式会社

債務者

宮地格雄

外十四名

主文

当裁判所が当庁昭和二十四年(ヨ)第二一号立入並業務妨害禁止仮処分申請事件について同年九月六日為した仮処分命令(末尾注参照)は之を取消す。

債権者の本件仮処分申請は之を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することを得る。

申請の趣旨

債権者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分命令は之を認可する。訴訟費用は債務者等の負担とするとの裁判を求める。

事実

債務者等は債権者会社に被傭されその工場である三原車輌製作所の工員として従業しているものであるが債権者会社は昭和二十四年三月三十日午前十時債権者会社三原車輌製作所機関車工事責任者をしてシヤム国使節ジエリング氏一行と三原市糸崎町糸に於てシヤム向輸出機関車に関し打合せの会談を為さしめることとし右製作所元工作部長土岐竹雄、元同次長井上進吾、元機関車工場長松見信幸、ブレーキ工場長本田勝次の四名は右会談打合せに参加する任務を有していたところ右四名は同月三十日午前九時債務者等及び右製作所従業員約百五十名から機関車生産計画に関し同製作所側責任者と交渉し度き旨強引に申立でられ、債務者等と共に同製作所ブレーキ工場会議室に入り折衝中騒音の為同所南側空地に引移り次で午後六時頃再び右ブレーキ工場会議室に引返して折衝を継続したが、その間債務者等は互に牽引し合い或いは主謀者となり或は協力し多数の威力を用いて、右土岐竹雄等四名に難題を持掛け、右四名は同日午前十時前記シヤム使節団と会見打合せをする重要任務のあることを告げ、後日話合をする旨申入れたに拘らず、債務者等は之を聞入れず、右会議室の出入口を制し、右四名を同室内に閉込め同日の夕食及び翌三十一日の朝食を摂らしめないで翌三十一日午前十一時半迄監禁状態に置いて臨時工馘首の即時撤回一切の生産計画は三工場組合員と協議の上再立案することを要求した。然し昭和二十三年下半期から政府に於て緊縮政策を執り財界金融界事業界は一斉に之に応ずる為経営の合理化と経費の節約能率向上を不可欠の要求としてこれを具体的に取入れる態勢に出で経済復興に一段の前進を為さしめることとなつたので債権者会社に於ても政府の右政策及び財界の趨勢に同調して強く推進する目的の下に種々の改善是正を実施することとなつていたものであつて而も臨時工は期限付で雇入れたものであり又生産計画の再立案は重大事項で右土岐竹雄等四名の裁決し得ない事柄であるのに債務者等は右折衝中提案を応諾せねば立たせぬ、水をぶつかける、海につけてやる等叫び又角形の木片で机を強打して喚き立て右四名をして債務者等の要求に応じないときは如何なる危害を受けるかも計られない旨恐怖心を懐かしめて強迫した上その権限外の事務について誓約せしめ且シヤム使節団と交渉すべき同人等の任務遂行を妨害したのみでなく右四名をして極度に疲労困憊せしめたものであつて債務者等の右製作所の従業員就業規則第五十六条第五号の上司の指示命令に反抗し職務の秩序を乱したとき及び同条第六号の他人に暴行脅迫を加え又はその業務を妨げたときに該当するから同製作所は昭和二十四年八月三十一日債務者等を懲戒解雇する旨決定し即日債務者等に夫々その旨通知を為したので債務者等は同日限り同製作所の従業員たる資格を失つた然るに債務者等はその後も債権者会社の右製作所に入場し工場長その他の職員に嫌言を述べ或は同製作所構内を徘徊するので債権者会社は債務者等の解雇確認並構内立入禁止の本案訴訟の提起準備中であるが債務者等が右製作所構内に入り暴慢の行為を為すに於ては全工場に悪影響を及ぼし工場内の秩序は乱され他の工員の生産意欲忠実心を傷け債権者会社に回復することのできない損害を加えるので債権者会社はこの急迫の強暴を防ぐ為且著しい損害を避ける為本件仮処分命令を申請したものであると言うのであつて債務者等の主張事実に対し債務者等と土岐工作部長等との交渉が労働争議行為として為されたものであることは否認する労働争議は一定の要求事項の貫徹の為労働関係の当事者の一方が相手方に対抗してスト又はサボに依る業務に正常な運営を阻害する行為の発生することを要し且その要求事項は争議の当事者である労働組合に於て組合員の総意を統合しその責任者の名に於て相手方に提出しなければならないのに本件に在つては当時業務の正常な運営を阻害する情況は発生して居らず又之が発生を相手方に通知して居ないのみでなく組合員の総意を統合して組合の責任者の名に於て労働関係についての要求事項を相手方である債権者会社に提出していないから争議行為があるものと称することは出来ないと述べた。(疎明省略)

債務者等訴訟代理人は主文第一乃至第三項同旨の裁判並仮執行の宣言を求めるものでその理由の要旨は債権者会社主張の事実中債務者等は債権者会社三原車輌製作所の工員であること、債務者等に対し債権者会社主張の如き懲戒解雇の決定及びその通知のあつたこと債務者宮地、桑田、徳田、高田、村上、浅野、西木、波間が右製作所工作部長土岐竹雄等と昭和二十四年三月三十日から翌三十一日昼過迄折衝したこと及び右製作所の従業員就業規則第五十六条に懲戒解雇に処すべき事項として同条第五号に正当の理由なしに上司の指示命令に反抗し職場の秩序を乱したときと定め及び同条第六号に他人に暴行脅迫を加え又はその業務を妨げたときと規定せることは認めるがその余の債権者会社主張の事実は争う債権者会社は昭和二十四年三月上旬ドツヂ声明に基く昭和二十四年度鉄道車輌輸出計画並CPSの提案に係る国鉄復興具体的実施計画案に依る対策として残業廃止、臨時工四百四十四名の解雇に依る労働費の節減、食堂農工の廃止寮費の負担等に依る厚生施設の削減、退職積立金の引下げ製作時間の短縮等従業員の生存に重大な脅畏影響を齊す計画を為し全従業員の犠牲に於て資本家の鼓腹を企てるものに外ならないから債権者会社三原車輌製作所の労働組合である三車従業員組合に於ては臨時工を含めた拡大生産計画を要求すると共に縮少計画に基く臨時工の馘首に反対生産低下不当馘首に関連する一方的配置転換に反対職場機構の合理的改革の要求実質的賃金の引下を齊す厚生施設の撤廃及び退職積立金の引下に反対の決議を為しその目標の下に労働組合活動を展開することとなり職場毎の生産復興を推進し職場毎に債権者会社と折衝する方針を立て従業員側に於ては各職場委員長以下全組合員が右要求を貫徹する為組織的に各工場長との折衝に進み機関車工場職場常会では職場代表と松見工場長との間に再三折衝が行われた末職場機構の合理化については職場代表提案のブロツク別編成の方式を採ることを確約し臨時工の問題については松見工場長に於て常会の意見を土岐部長に具申することを約したので三月三十日組合側と土岐部長と会見することとなり整備工場職場常会に於て職場代表と整備工場長との間に連日交渉した結果整備工場長は職場代表の意見を採用して工作部長に再三進言したが工作部長の態度は変らず打開の道として上部機関である工作部長と折衝するに至つたもので又空制工場職場常会に於ては十数回交渉を重ねたが妥協点に達しないので工作部長と折衝する運びとなつたもので右各工場長との交渉に於て各工場長も債権者会社の側に種々不合理のあることを認め乍ら上部機関の強硬な方針の為工場長の上部に存する債権者会社の幹部及び各工場長に要求の妥当性を強調し早急な計画の変更方を交渉する必要を生じ三月三十日組合側である債務者等の一部と債権者会社の幹部土岐工作部長等との間に団体交渉を行い組合側は債権者会社の生産計画の無謀なことを主張し且組合側の拡大生産についての意見を開陳したもので債務者宮地は交渉会議の議長となり債務者桑田、高田、徳田、村上、浅野、西木、波間、は交渉委員として右団体交渉に当つたが債務者中山、加藤、磯合、磯根、本根、松浦、井上は時々会議場を窺つたに過ぎない。而して右交渉中土岐工作部長は当初シヤム国使節と面会する予定の旨申入れたが右交渉事項が生産計画の組直しの重要事項である関係上組合側の申入を容れて自ら交渉を進めることを承諾して之が交渉に当つた結果三十日午後二時頃土岐工作部長のできる範囲内の事は上部機関に伝達し再考を求めることとし一旦休憩し土岐工作部長及び各工場長は各執務室で食事を摂り右製作所の林副所長に交渉委員立会の下に右結論を上申し同日午後四時十五分頃交渉を続けたところ土岐工作部長は右林副部長の意見として規定方針を強行するとの一点張であつたので交渉は硬着状態となり同日午後六時頃ブレーキ工場会議室に引移つて交渉を続行したが同会議室に於ては暖房装置を為し互に健康に注意を払い乍ら相手方の譲歩を待つたが遂に一夜を明かし翌三十一日昼過頃給料その他従業員に不利益を生ずることは出来得る限り善処方努力する旨約して交渉を終了したもので組合側も右交渉には当初十四名出席しその後交渉現場に従業員の数を増したが交渉の成行に心配の余り集つたものであり又シヤム国使節団との面談には土岐工作部長の申出に依り組合側の了解の下に松見工場長が出席して居り債務者等は故ら土岐工作部長等のシヤム使節団との面談を妨げたものでなく組合側は組合の秩序の下に統一的な交渉を行い野次的言辞は常に之を戒めていて三股工場長は組合側の妨害を受けることなく帰宅した位である。尚右三十日の夕食及翌三十一日の朝食については組合側に於て土岐工作部長等に食事を勧めたが同部長等は之を断り食事を摂らなかつたものであつて右交渉中債務者等は債権者会社の主張する如き不法監禁、業務妨害、職場離脱の行為に出でたことはなく而も右交渉は労働関係に関する主張が労働関係の当事者に於て一致しないことに依り生じた争議即ち労働争議に於ける団体交渉で憲法第二十八条の団体交渉権に基く正当な権利の行使に属し組合運動の行為に外ならないから右交渉の際議論が行われ多少激語が発せられたとしても事の性質上当然のことで敢て之を不法視するを得ないのは勿論従業員就業規則第五十六条の懲戒解雇の事項として前示第五号及び第六号に掲げるところは正当の権利に基く場合は之を除外せるものと解すべきで債務者等の右団体交渉は正当な組合活動であり且労働争議である団体交渉に入つた以上従業員就業規則はその効力を停止するものであるから債権者会社の債務者等に対する懲戒解雇は無効である仮に然らずとするも債権者会社の債務者等に対する懲戒解雇は証拠に依らないで債務者等の行為を判断し正当な労働行為を理由として解雇できない為団体交渉の一部を捉えて不法監禁又は業務妨害と謂い又当時労働関係調整法第四十条但書に依り解雇に労働委員会の同意を要したのを同法改正に依り之が同意を要しなくなつた後且債権者会社と組合間に存じた解雇には組合の同意を要するこの労働協約の失効後而も債権者会社は組合運動をする債務者等に敵意を有し尚懲戒解雇には賞罰委員会の議を経ることを要するのにその手続を履まないで債務者等を敢て解雇したものであるから右懲戒解雇は労働組合法第七条に違反する不当労働行為で無効である従つて右懲戒解雇の有効なことを前提とする前示仮処分命令は失当であるから之が取消を求むる為本件異議に及ぶと言うのである。(疎明省略)

理由

債務者等は債権者会社三原車輌製作所の工員として被雇従業していたが同製作所は債務者等に従業員就業規則第五十六条第五号の上長の指示命令に反抗し職場の秩序を乱したもの及び同条六号の他人に暴行脅迫を加え又はその業務を妨げたものに該当する所為があつたとして昭和二十四年八月三十一日債務者等を懲戒解雇する旨決定し即日債務者等にその旨通知したことは当事者間に争がない。本件に於ては債権者会社三原車輌製作所の右懲戒解雇が有効か又は無効であるかが主要の争点であるから審按するに同製作所は昭和二十四年三月三十日午前十時三原車輌製作所機関車工事責任者をしてシヤム国使節ジエリング氏一行と三原市糸崎町糸崎荘に於てシヤム向輸出機関車に関し打合せの会談を為さしめることゝし右製作所元工作部長土岐竹雄、元同次長井上進吾、元機関車工場長松見信幸ブレーキ工場長本田勝次の四名は右使節との会談打合せに参加する任務を有していたところ右四名は同日午前九時債務者等及び右製作所工作部従業員約百五十名から機関車生産計画に関し同製作所側責任者と交渉し度き旨強引に申出でられ債務者等と共に同所ブレーキ工場会議室に入り折衝中騒音の為同所南側空地に引移り次で午後六時頃再び右ブレーキ工場会議室に入り折衝を継続したがその間債務者等は互に牽引し合い或は主謀者となり或は協力し多数の威力を用いて右土岐武雄等四名に難題を持掛け右四名は三月三十日午前十時前記シヤム使節団と会見打合せを為す重要な任務のあることを告げ後日話合を為すことを申入れたに拘らず債務者等は聞入れず右会議室の出入口を制し右四名を同室内に閉込め同日の夕食及び翌三十一日の朝食を摂らしめないで翌三十一日午前十一時半迄監禁状態に置いて臨時工の馘首の即時撤回、一切の生産計画は三工場組合員と協議の上再立案すること等右四名の裁決し得ない事項を要求し之に応ぜねば立たせぬ、水をぶつかける、海につけてやる等叫んだ外角形の木片で机を強打して喚めき立て右四名をして債務者等の要求に応じないときは如何なる危害を受けるかも計られない旨恐怖心を懐かしめて脅迫した上その権限外の事務について誓約せしめ且シヤム使節団と会談すべき任務遂行を妨害したばかりでなく右四名をして極度に疲労困憊せしめ右製作所従業員就業規則に於て懲戒解雇に処すべき事項として定むる第五十六条第五号の上司の指示命令に反抱し職務の秩序を乱したとき及び同条第六号の他人に暴行を加え又はその業務を妨げたときに該当する行為に出でた旨主張し債務者宮地、桑田、高田、村上、浅野、西木、波間が交渉委員として債権者会社主張の日時場所に於て前示製作所工作部長土岐竹雄等四名と折衝し臨時工の馘首の即時撤回、生産計画の再立案を為すべき旨要望したこと。右交渉中交渉委員である右債務者等以外の債務者等及び工作部所属の従業員が相当多数交渉現場に参集したこと、右製作所の従業員就業規則第五十六条第五号及び第六号に債権者会社主張の如き規定の存ずることは、債務者等の争はざるところであり証人土岐竹雄、石田久市、松見信幸、井上進吾、林徳三の各証言に依れば一見債務者等は相協力して多数の威力を示し債権者会社主張の如き不法監禁及び業務妨害を為した如き観があるが右各証言は後掲証拠と対比すれば容易に信を措き離く却て成立に争のない乙第一乃至第五号証証人重家豊の証言債務者宮地格雄、桑田武士、西木勲、高田勇、本根輝夫、波間末松の各本人訊問に於ける陳述、証人重家豊の証言に依り成立を認める乙第六号証並証人土岐竹雄、林徳三の各証言の一部を綜合すれば債権者会社は昭和二十三年下半期から政府の緊縮政策に同調して生産縮少計画を立て人件費節減の方策として臨時工を解雇する挙に出でたので債務者等に於ては却て拡大生産計画の立案を要求し且臨時工の解雇に反対し之が目的貫徹の為め職場毎に債権者会社側と折衝すると共に当時の工作部長土岐竹雄及び工場長等を通じて右要求を実現せんとして前記三月三十日午前九時頃から右土岐竹雄等四名と前記の如く折衝して臨時工の解雇の撤回、生産計画の再立案を為すべきことを要望し右土岐竹雄等に於ては債務者等の要求がその権限外の事項であることを理由として応諾せず債務者等に於てもその要求を強硬に主張して容易に妥結に達しない為勢い交渉は翌三十一日の午前十一時半頃迄続けられたものであつてその間三十日午前九時半頃前掲工場長松見信幸は右土岐竹雄に代つて右製作所石田副所長と連絡し又同日午後三時頃右土岐竹雄自身同所林副所長に経過報告に赴いたが再び交渉現場に引返して交渉を続行したものであること及び右土岐竹雄等に於てはその責任上債務者等の譲歩に依つて交渉の妥結を得ようとしてシヤム使節団との面談を想い止り又債務者等から進められた食事も摂らずに交渉を継続したものであることを窺知し得らるゝと共に右交渉中債務者中又は他の参集者に於て多少不隠当な言辞に出でたことはあるが不法監禁又は業務妨害の程度に達しないものであることを認め得べくその他債権者提出援用の疎明方法に依つては末だ債務者等が債権者会社主張の如き不法監禁乃至は業務妨害の行為を為したことを確認できないから債務者等に前示従業員就業規則第五十六条第五号及び第六号の所定事項に該当する所為があつたとして為された債権者会社三原車輌製作所の前掲懲戒解雇は爾余の判断を為す迄もなく無効であるから該懲戒解雇の有効であることを前提とする本件仮処分命令は不当であつて債務者等の異議は理由あるものとする仍て本件仮処分命令を取消し債権者会社の申請を却下すべきものとし民事訴訟法第八十九条第七百五十六条の二に依り主文の如く判決する。

「注」

原決定(広島地方尾道支部昭和二四年(ヨ)第二一号仮処分申請事件――昭和二四、九、一六決定)抜粋

一、保証 各金五千円

二、主文

申請人より被申請人等に対する工員解雇確認並工場立入禁止請求訴訟の本案判決確定に至る迄。

被申請人等は申請人の工場である広島県三原市糸崎町五千七番地三菱重工業株式会社三原車輌製作所構内に立入る事が出来ない。

被申請人等は同所の業務を妨害してはならない。

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